9月20日(月)
 学生たちと9時15分宿舎出発、地下鉄でケッテンブリュッケンガッセへ。ハラルド、ミヒャエラ、ザビーネ、大地さん、そしてクラウサーと落ち合い、10時すぎ「ZARA」(反人種差別人権NPO)を訪問。主宰のKayahanさんおよび広報担当者から1時間ほど、どのような活動をしているかについて詳しいレクチャーを受け、質疑応答。12時前、近くにあるナッシュマルクトに行き、食べ歩き。

 1時、ナッシュマルクトを出発し地下鉄でシュヴェングラー・ガッセ(Schweglerstrasse)まで、そこから歩いて外国人の比率が最も多い15区にある「Kids Company」(外国人居住者の子どもたちへのサーポートNPO)を訪問。ゲーリッヒ教授、ユリアと合流。主宰するStarekさんから活動について細かいレクチャーを受け、ラウンドテーブルでチームメンバーたちと質疑応答。その後、この施設のまわりにある活動場所を見学。


 15時30分頃、地下鉄で移動、プリンツオイゲン通りにある「オーストリア・サイエンス・アカデミー」に行く。16時過ぎから、ここの研究員Perching博士から、ウィーン市の外国人居住の状況について、人口論的、歴史的、居住環境的な観点から細かい講義を受ける。質疑応答を17時半過ぎまで行う。その後、自由時間。学生たちは、ウィーン大学学生と散策をするもの、またミュージカル「エリザベート」を見にいくものなどにわかれる。私は、次の予定である夕食会に行く途中にあるカフェ・アイリスで休憩。

19時半、15区のトルコ人街の真ん中にあるトルコ料理レストラン「KENT」に集合。ゲーリッヒ教授、クラウサーさん、マルクス、コニー、ベルンハルト、ハラルド、サビーネ、トビアス、マルクス、ジュリア、フランチェスコらが集まる。私は11時に宿舎に戻るが、学生たちはその後も残る。


9月21日(火)
 学生たちと8時40分宿舎出発。地下鉄でショッテンリング(Schottenring)までいく。9時10分クラウサーさん、マルクス(上述とは別の人)と落ち合う。徒歩でホーエンシュタウフェン・ガッセ(Hohenstaufengasse)にあるウィーン大学政治学研究室に行く。すでにターニャ、ハラルド、ゴラン、ユリアらが到着していた。10時すぎから、ゲーリッヒ教授から「オーストリアの政治と議会」について歴史的、憲法論的、政党論的観点から1時間ほど講義を受け、質疑応答。その後、シェンケン・ガッセ(Schenkenstrasse)にある「緑の政党議会クラブ」に徒歩で移動、12時すぎから緑の党国会議員Peter Pilz氏とラウンド・テーブルで質疑応答。上述のほかに、ベルンハルト、コニーらも参加。午後1時10分まで続く。ウィーン大学学生のみならず、早稲田学生も活発に質疑応答に参加した。

 徒歩でウィーン大学の通称NIGと呼ばれる建物最上階にある学生食堂に移動。昼食をとる。13時半すぎ、徒歩で国会に移動。14時から国会見学。国会職員であるJanotaさんから各所について細かい説明を受ける。参加者は早稲田学生、ゲーリヒ教授、クラウサー講師、ターニャ、ゴラン、ハラルド。15時すぎ、国会内のカフェーで休憩。15時半以降、自由行動。学生たちは、いくつかのグループに分かれてそれぞれ希望の各所に行く。

9月22日(水)
 午前9時20分宿舎出発。10時にレオポルド美術館にあるカフェに到着。緑の党ウィーン市青年部の???さんにインタビュー。ターニャ、ハラルドが同席してくれる。昨日とは違い若い人の意見であり、また具体的な活動内容についても細かく教えてもらう。若い人へのインタビューということもあり、早稲田側の質問も意見もたいへん活発であり、12時すぎまで続いた。
 12時すぎに、学生たちは大学の学生食堂に移動し、その後、ツヴェンテンドルフにある76年の国民投票で建設中止となった原発施設を見学にバスで移動(1時間)、原子炉が設置される予定であった施設の内部も見学。その後、ドナウ川沿いのクレムスのホイリゲで夕食をするためウィーンを出発。

私は日本出発直前に、クラウサーさんからいただいたメールのとおり、ゲーリッヒ教授、クラウサーさんとともに、ウィーン大学学長ヴィンクラー教授の昼食に招待され、ブルク劇場にあるレストラン・ヴェスト・ビュールに行き、12時半からおよそ2時間弱、ウィーン大学およびヨーロッパにおける大学改革の状況などについて話をすることになった。

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