知識、議論、報告



 社会学は、一方で「リアル」に見える社会的現実を収集し解剖していく、いわゆる「社会調査」の手法を広く学ばなければなりません。しかしながら、それだけでは「調査」「集計」「データ整理」にとどまります。「リアル」に見えるものが、なぜ「リアル」なのか、種々の光をあてて、その反射具合を調べて、その結果を論理的に説明したり、想像力をかきたてるように表現していく必要があります。私は、早稲田大学の第一文学部ではおもに調査実習の担当をし続けてきましたが、同時にこうした説明、表現をしていくための光のあて方、その技術を磨くために、社会理論、社会哲学、思想史の演習も受け持ってきました。

 なかなか、この二つの方向の組み合わせについては、ごくわずかの学生さんたちを除いて、その意味を理解していただいたことがないのが残念だという印象を持ってはいますが。


1987年 + 1988年

第二文学部2年生「社会演習」

 この年度は、「現代社会論」を主題にして「主婦論」をお問に扱おうとしました。上野千鶴子『主婦論争を読む』に始まり、かなりたくさん本を読みました。
 7限終了後も、しばしばコンパとなりました。一般教育科目の「社会学」と4年生の講義「社会研究�」も当時持っていたこともあり、卒業論文でもたくさんよく知った人たちと長く勉強ができました。

1989年 + 1990年 +1991年 +1993年

第二文学部2年生「社会演習」

 この4年間は、学生さんたちの写真がないのが残念です。しかし、この4年間は、かなり理論的なものを読む期間となり、デュルケイム『社会学の方法の規準』、ウェーバー「社会科学および社会政策的認識の客観性」「社会学の根本概念」、ハーバマス『コミュニケイション的行為の理論』などを毎回、かなりの量をこなしながら読んでいきました。これがきっかけとなったというよりも、おそらくその人の才能ですが、最近活躍を始めた著名な若手社会学の専門家も、この演習の受講者でした。

1996年

第二文学部2年生「社会演習」

 この年度も残念ながら写真がありませんが、少し形式を変化させました。90分のゼミの半分は、社会学の基礎的知識習得のための時間として、おもに拙著『モダンを問う』を輪読しました。残りの45分は、各自の関心を報告してもらうというものでした。前期に、順番に全員がそれぞれの関心を20分から30分ほど論じて報告してもらい、これを夏のレポートとし、さらに後期も毎週残りの45分について、前期の各自の報告を掘り下げ、さらに深く研究・分析したものを報告するという形で行いました。

 この結果からでしょうか、この受講者の4人の卒業論文の指導教員となり、しかもきわめて充実した卒論指導ができたように思っております。また、卒論もどれも堂々たるものでした。


1995年

第一文学部2年「社会学演習」

 卒業式の時に、記念の色紙までもらいました。
 調査実習や二文の7限の授業は、なぜか年輩の先生方は持ちませんでした。そうした慣行が一部崩れ、調査実習に、これまで登板することの少なかった先生があたり、結果として、就職以来担当したことのなかった、一文の2年生の演習を担当しました。実習ではありません。古典を読むのが課題でした。

 写真は、八王子セミナーハウスでの合宿の時のものです。

 卒業式後の「謝恩会」、2年生のゼミでありながら、よくまとまっていました。卒業後も親しくしてもらっています。リーガロイヤルにて。
 初めて担当した演習でした。飲み会、合宿といろいろありました。
 ところで、このクラスは、一時、学生部の広報ポスターにも載った「もりもりクラブ」という名称を作ってくれました。その企画者は、今や芸能界狭しと大活躍をしています。是非とも、一度ご訪問ください!


1996年

第一文学部2年生「社会学演習」

 前年の影響からか、このゼミも明るく楽しくの前期が終わりました。しかし、この年は9月から、学生担当教務主任となり、風雲急を告ぐフロントに赴くため、途中降板となりました。これは、たいへん残念なことでした。

1998年度 1999年度

第二文学部 「思想宗教系演習9」

 第二文学部の制度改革で、私は思想宗教系専修の教員となりました。担当の科目は「社会科学の思想」ということになりました。この演習は土曜日の6限に設定されました。もともと人気のない私の授業であり、土曜の午後という、いわゆる「総合講座」への流れが存在する時間帯であったため、受講者は98年は、たまたま旧カリキュラムからの振り替え者がおり20名を超えていましたが、99年度となると受講者4名というふうになりました。

 1998年度は、フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』を読み通しました。1999年度は、村上泰亮『反古典の政治経済学』を扱いました。


2001年度 

第二文学部 「思想宗教系演習9」

 是非にと意見具申をして、時間帯を火曜日7限に移動させてもらいました。ちょうど演習には適した16名の受講者。政経学部からも2人の自主聴講者が加わり20名弱、毎週、ほとんど全員が参加する、かなりハードな演習となりました。これは、私にもハードでした。読む量の多さはかなりでした。

 思想宗教系のカリキュラム編成の軸を考えると、ヘーゲル、ニーチェに触れた形で、あるいはヴィトゲンシュタイン、ポパーに触れた形で社会科学の思想についての授業があれば、多少は受講者の役に立つかと考え、『ツァラトゥストラはこう言った』を読み通すために、前半の45分を使い、後半の45分はこれとニーチェに触れた、社会科学者・社会哲学者の業績を集中的に読むというものでした。

 社会学者としては、またこの大学・この学部に嘱任した私の専門領域から考えると、ニーチェはかなりの越境となり、私にも冒険となりましたが、演習参加者が、すでにニーチェおよび西洋哲学について、よく基礎知識を得ていたこともあり、内容の濃い演習となりました。

 ハーバマス『近代の哲学的ディスクルス』(第2,3、4章)、ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』(一部)、フクヤマ『歴史の終焉』(第1部第1章、第5部)、ハイデガー「ニーチェのツァラトストラとは誰か」、コジェーブ『ヘーゲル読解入門』(ほんの一部)、ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(第1章、第3章)、「比較宗教社会論集 序言」「世界宗教の経済倫理 序論」、そしてアドルノ/ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(I,II,III)を読みました。

 この1年は、私にとっても種々の発見の期間ともなりましたし、ちょうど第二文学部がその独自性をさらに打ち出す1年にも重なり感慨深い演習となりました。

 また、そこそこ飲みに行った演習でもありました。とくに年末に、この演習と、ドイツ語原典講読(第一文学部)、および大学院の演習のクロス・オーバーのコンパを開くことができ、種々の発見があったことはよかったことだと思います。


2003年度

第二文学部 「思想宗教系演習9」
 木曜日7限。 1年間をつうじて、カッシーラー『シンボル形式の哲学』(岩波文庫版)を読みました。2巻の途中まででしたが、これと平行してカッシーラーとハイデガーの『ダボス討議』も読みましたし、後期はフッサール『デカルト的省察』(岩波文庫版)を読みました。

 毎回、テクストを厳密に読むという徹底した、内容の濃いゼミナールだったと思います。受講者は6人でしたが、1年をつうじて欠席はほとんどありませんでした。毎回、ほぼ全員出席という熱心なゼミナールでした。